丸芭呂具。~犬2、猫1、ヒト2の日々~

犬はラブ、猫は白黒、ヒトは地味。――初めての方はカテゴリの「はじめに」からどうぞ――

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ゆっさゆっさ。

ご存じの方も多いかと思いますが、自閉症の子どもは
高い所が平気というか、むしろ大好きという性質の子が
とても多いのです。


ブランコの支柱は登るもの。

アスレチックのつり橋は、持ち手の部分を渡るもの。

筒型滑り台は、筒の上を歩くもの。

ビニールハウスだって登るもの。

フェンスや塀や屋根なんかは、絶対登るもの。(お約束。)


そんなふうにどこでもそこでもあちこちで、彼らはどんどん
高い所に登ります。


きっと、気分がいいんだろうなあ。


静止なんてしません。
大丈夫。
落ちたりなんてしないから。


恐怖心という余計なものがないことで、どれほど体が
リラックスして美しく、正確に動くかが、

彼らの行動を見ていて分かります。





そんな具合に、彼らは何にでも登るのですが、
今年登ったもので最も心に残ったのが「杉の木」。

枝が少ない杉の木でも、するするっと上手に登る。

そして、枝分かれしているところにたどりつくと、
足をかけてゆっさゆっさとゆする。

杉の花粉がぶわあっと飛ぶ!

花粉症の同僚は悲鳴を上げる!!



う―――ん。

絶景。







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戻っておいで。

今日は自閉症の女の子の話しです。



去年1年間、私たちは毎日のように、その子と一緒でした。


とてもとても可愛らしい子で、私たちはその子に夢中に
なりました。


可愛らしいというのは、単に仕草や性格のことではなく、
その子への援助への難しさが一番大きなもので、

だからこそ、よけいに「可愛くてたまらない」という気持ちに
させられていたのだと思います。



この春、その子は私たちの手もとを離れていきます。


もう小学校の高学年、体も大きくなり抱っこするような年では
ないのですが、

ここ最近私は、時間があればその子をひざの上に乗せて、
ぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう抱きしめていました。



こだわりから出てくる発語やこだわりがほとんどで、
いわゆる「一般的な言葉のやり取り」は難しい子でした。


先日、私はまたその子をひざの上にのせてぎゅうぎゅう
抱きしめていました。


「〇ちゃん。イヤになったらイヤだっていうんだよ。
 イヤになったら戻っておいで。」


可愛くて可愛くてたまらなくて、
顔と顔をくっつけて、
小さい声で誰にも聞こえないように、
言ったつもりでいたのですが、

普段、なかなか言葉でのやり取りができないその子が

「ホッペニチューダネ。」

と言ってきました。





本当に、

私たちには、

何の力もなくて、

ただ抱きしめて、

たくさんの言葉をかけることしか、


結局はできなかったのかなあ、と。











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お知らせでございます。

新しいカテゴリを加えました。


『うえるふぇあ』です。





ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、わたくし、
もう一つブログを持っておりました。


モロモロの都合でしばらく放っぽっていたのですが、今回、
こちらのサイトできちんとカテゴリに加えて、

また新しいテーマも書いていこうと思った次第です。


重複する部分もあるかとは思いますが、
別ブログを始めたときに書いた案内文(?)がありますので
今回、こちらを載せさせて頂きます。



――――――――――



このブログについて。


こんにちは。
沢 丸芭です。


このブログは福祉業界で日々をすごすワタクシの雑感です。


大学時代も含めると約20年、知的にハンディを持った方と
係わってきました。


最初の職場は重度重複障害者通所作業所、
次は知的障害者更正施設。


一時期流行した(今もあるか)レスパイトサービスの事業所も
担当してきました。


今はレスパイトの延長線上で「福祉何でも屋」をやっています。


「知的障害」を「しょうがい」「障碍」と置き換えて表記することは、
このブログでは行いません。


基本的に「知的ハンディキャップ」の表記で統一します。
(私の個人的趣味です。)


また、ハンディの状況や対応の仕方など、皆さんとは違った
認識を持っている可能性もあります。


基本的には戯言のブログです。


表記の仕方や考え方でなじめない方はスルーして下さい。

 
●リンクはご自由にどうぞ。連絡メール不要です。




――――――――――




古い記事については、2007年3月分にアップしておきました。

古い記事の量が意外とあって、全てアップし終わるまでに
少し時間がかかるかもしれませんが、気長にお付き合いください。




どうか。

みんな、もっともっとゆっくり大人になって。
そんなにどんどん大きくならないで。


私の背中におんぶされて泣いていた子が、
制服を着て立派になった姿を見ると
たまらなく切なくなります。


……どうか。
私たちを、先生たちを、そしてお母さんをおいていかないで。
そして、もっともっとゆっくり大人になって。




長い付き合い・2。

自転車に乗ったり買い物が大好きだった、ゆきこさん。
久しぶりに会った彼女は、一時期の激しい不安定な状態からは
解放されていたようです。


彼女の20代のほとんどの期間、毎日のように続いていた
不安定な状態とは……。

〇大声を出し歌い続ける。昼夜を問わず。
〇気に入らないことがあると服を着たままどこにでも排泄してしまう。
〇ガラスや皿、コップなどを割る。
〇家や作業所のどこへいても、外へ飛び出す。
〇そして本当に息ができなくなるまで走り続けるので、
 道端でばったり倒れているところを発見される。

もちろん飛び出しについては、家の方や作業所の職員も
非常に強く留意していたことで、実際に行き倒れになってから
保護するという頻度は、そう高くはありませんでした。

ただ、いったん家を出てしまうと走り出してしまう。


ゆきこさんの家族は、お父さんもお母さんもお兄さんも妹も、
全員陸上の選手でした。


ゆきこさん本人も、学生時代にはリレーの選手として
競技に参加した『足』の持ち主。

ものすごく足が速い。


一緒に散歩をする作業所の職員やヘルパーも、何とか彼女に
おいていかれないよう、毎日必死には走ったものです。


その時のゆきこさんは、精神的に不安定ですでに
会話も成り立たなくなっていました。

でも、走っている時はとても楽しそうで、嬉しそうでした。
だからこそみんな、ぜいぜい言いながらも彼女と一緒に
走っていたのです。


現在のゆきこさんは、もう走ることはありません。
発語も全くなくなりました。
食事も自分では食べることができず、毎食介助が必要です。


わざわざ自分から搾り出していたオシッコも、コントロールが
できなくなり、今は24時間オムツをあてています。





どうしてこうなったのか、明確な理由は分かりません。


「年をとった。」
「薬で過緊張を解き解すことはできたけれども、必要な筋力が低下した。」
「過緊張(不安定)のまま生活するには限界があった。」
「本人の気力が低下した。」


分からない、分からない。
この状態がいいのか悪いのかも、分からない。





ただ、私は泣けて泣けて仕方がありませんでした。
あの時、一緒に走ったゆきこさんは、どこに行ってしまったのだろう、と。




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